ヘルスケア

健康寿命ってご存知ですか、要するに普通の日常生活が何歳まで送れた(送れる)かということです。不幸にして病気が原因で送れなくなることは多々ありますが、そうでないなら健康寿命は長いに越したことはありません。ポイントは自分の足で歩けるかです、キーはふくらはぎと太ももです。歩くという物理的行動だけでなく、これらの筋肉は血液の循環ポンプの役目を果たします。そこで40歳過ぎから心がけているの歩くこと、太ももの運動です、始めたころは歩数計をつけていて一日9000歩をノルマにしていたこともありました、今はつけていませんが大体何歩歩いたかは勘でわかります、最近はロードバイク(自転車)も始めました。休日の雨の日は水泳1000M、風の強い日はジョグを一時間、そうでなければ自転車を50~60KMというルールを作っています。継続するために一応トライアスロンレース出場を目標にしていますが、これはなかなか困難ですけどね。お陰で同年代の方々と比較すると元気なようです。

紀行

クジラが食べられる町 大地町に向かいます。何もない街ですが、唯一の施設?のクジラ博物館へ着いたのは夕方、後30分で閉館とのこと。どうしようかと考えていたら、受付のお姉さん?の計らいで入場料半額でいいとのことで、入館。外のプールで泳ぐイルカを真近で見ながら、展示室へ入ると漁船の説明からクジラの骨や臓物までのサンプルのオンパレード。楽しくはないですが、貴重なものを見た感じ、反捕鯨団体の外人が抗議によく来館すると聞きました。日も暮れたので急いで温泉ホテルへ。クジラ尽くしの懐石メニューです、刺身から吸い物、焼き物、竜田揚げまでです。でも、クジラはやはり哺乳類ですね。吸い物は生臭くて癖ありすぎ。竜田揚げは小学校の時の給食を思い出しました。食後の散歩に外出しましたが、全くの真っ暗、右は民家群で左は海岸の堤防でネオンのの類は皆無。ホテルの人に聞きましたが大地町は漁村そのものなのでネオンの類はもともとないとのこと、部屋でテレビを見るしかありませんでした。

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正月二日、三日にかけて高山訪問、ホテルにチェックインした後、高山番屋へ。国内で唯一残った代官屋敷です、由緒云々は他のHPに任せて、印象に残ったのは「畳の結界」普通の家の畳はモザイク状ですが、ここの畳は完全縞模様,すべてが同じ向きにしてあります。畳の縁の黒っぽい帯?は「結界」をあらわすことの説明を受ける。お代官様は部屋の奥にに鎮座ましまして、商人は部屋の入口にすわる。代官との間には三重,四重の結界が設定されます。「ちこう寄れ」との緩許しがあって初めて一つの結界を超える、二回目のちこう寄れの許しで、さらに一つの結界を超えるのです、四回ほどの許しがないと代官とはひそひそ話はできなかったのです。それほどに身分制度がタイトだったのでしょう。以来古い神社仏閣等訪問時畳を見てますか、全部縞模様です。畳の縁は踏むな という言葉は聞きなれていましたが、結界ならば、至極当然ですよね。この年になるまで知りませんでした。自分の薄学に汗です

飛騨の匠 という言葉がありますが、当然ここ高山のことです。この辺りは土地が痩せていたため、コメの年貢は当てにできない。そこで大名や朝廷はコメの年貢の代わりに匠の技を当てにした労役を年貢としたとのこと、色んな有名な建築物に飛騨の匠の足跡が残っているのも飛騨の土地がやせていたのが遠因とのことでした

高山の酒 ここ高山では酒蔵が多く、何件もの酒蔵が集中しています。それらの酒蔵では地酒を小さなグラスで試飲ができます。純米吟醸ならば一杯300円。私は五種類いただきました。

                                                                   

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年明けに片山津温泉に出かけました 滋賀から鈍行列車です ここは山中 山城 片山津のトライアングル観光地と知りました。観光用路線バスは一方通行なため逆方向に戻ることができない 戻ろうとするともう一周なのです、事前計画必須です。那谷寺等を見学しましたが、北前船史料館が私的にはGood!、どのようにして豪商たちは儲けたのか、

北前船は、北海道と上方の間の通商により栄えた商社の集まりとの認識でしたが、正確には上方から北海道の間にある諸々の大きな町々を立ち寄り、そこで船荷を売りさばき、その寄港地で地場の商品を大量に仕入れる。これを繰り返すことによって利益を上げ続けたということのようです。現在の価値として舟一隻当たり一年で純利益一億円だったとのこと、数隻持っていれば年数億です。でも船の乗組員は薄給(他の職種よりは高給)だったとのこと。台風やしけでよく遭難があったようですが、船乗りは人気だったし、多少のボーナスももらえたようです。乗組員は30歳になったら、よくぞ死なずに30になったと家族がお祝いをしたようです。それほど遭難が多発していたのでしょうね。国鉄の普及によりすたれましたが、その後船主たちは蓄えた資本を基に会社を興したようです。損害保険会社や商社、大阪ガスの創設者もここの出身のようです、

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年末、熊野三山に行ってきました 速玉神社 本宮 熊野大社の順で車で一泊二日の旅 速玉はこじんまりとした神社です。石段もありません。新宮市にありますが、もともとシンミヤが語源だと新発見 近くの山の中腹にある神蔵神社の絶壁石段538段もいい運動です 日頃鍛えてないとキツイ 神社から太平洋が望め、気分は最高 この辺りから神武天皇が上陸し奈良を目指したと聞きました。神蔵神社の屋根の真上にはコトビキ岩といわれる巨岩が鎮座してます。大きすぎるのでぱっと見、岩に見えないので注意して見る必要があります

速玉神社から一路、本宮へ。車で一時間弱、こじんまりした町中にありました。昔はここまで俗にいう古道を歩いたのでしょうが、何日かかるのでしょうか。この神社の石段は数十段なので、問題なし。本堂の横に八咫烏を祀った神殿がありびっくり。若い頃サッカーをしていたので一気に親近感倍増です。

本宮から車で数十分で那智大社です、これも古道で結ばれてますが、余裕がないので車です。車で本堂近くまで登れますが、麓の大門坂から約800段の石段を選択して徒歩で参拝、真冬でしたが、頂上に着くころには玉の汗をかきました。でも参拝したことを実感。那智大社の隣には西国33か所一番札所の青岸渡寺がありますので、参拝して御朱印をいただきました。神仏が混在するのは日本ならではの風景ですね、その意味でここは世界的にも貴重なスポットでした。熊野大社から望む那智の滝は絶景です。滝つぼまで近づけます。大門坂800段を下り、これからクジラを食べるために大地町をめざします