紀行

島根県安来市にある足立美術館ってご存知ですか、ミシュランで日本NO1に認定されている美術館だそうです、恥ずかしながら最近まで知りませんでした。開館して50年も経っています。島根の豪商富豪である足立翁の尽力により設立された当美術館は、展示されている絵画や陶芸品もさることながら、やはりメインは枯山水による庭園でしょうね、京都の有名寺院の枯山水の庭園も多く拝見してきましたが、昭和においてこれほどの大規模の庭園はないでしょうね、一番感銘を受けたのは俗にいう「借景」です。ここの借景は次元が違います。目の前の庭園をベースに、遠方の山々を借景とするだけでなくその間にある森をも手前の借景として組み入れています。三段階?の借景なのです。そしてその小高い山の頂上には人工の滝を配しているのです。毎日五時に滝は止まるのです。令和最初の日に訪問したのですが、令和においてこんな庭を目にできるとは至高の喜びであるのと同時に、50年間もこの美術館を知らずに過ごしてきた我が身を恥じた一日でした。

高知のお酒として飲んだのは 酔鯨 四万十川 高育54号 九礼 亀泉 安芸虎 文佳人 土佐白菊 といったところ この中では 磯自慢で純吟酒の世界に入り、その後どっぷり世界につかるきっかけとなった「酔鯨」です、当時、純吟タイプの生酒が販売されており、初めて買ってきて飲んだ時、これが日本酒なのか!!のど越しの良さは今まで味わったことのないものでした。その晩、六合以上飲んで、気が付いたら翌朝でした。でも風呂も入りパジャマに着替えて寝てましたが、記憶がない!!。二日酔いも全くなく爽快そのもの(純米酒は混ざりものがないので悪酔いしないのです、以後醸造アルコールの入ったものは飲んでいません。大吟醸でも拒否してます)。二回目に飲んだ時も記憶がなく目が覚めたら翌朝でした。でも悲しいことに この酔鯨の純吟生酒はなぜか製造中止になり飲めなくなりました。(蔵元にも確認済)生なので三か月過ぎると味が変わってしまうのが理由かも。現在酔鯨を買うときは山田錦の純米吟醸タイプをのんでますが、もう一度あの生酒を飲みたい!!!

紀行

お盆前の休みを利用して富山黒部のトロッコ電車に乗ってきました。立山のクロヨンには二度ほど行きましたが、黒部は初めてです、このトロッコ電車は黒部の第一から第三ダム工事の部材や人夫さんの運搬のために作られたとのこと。ただ黒部の峡谷はあまりに険しいために線路幅は狭いものが採用されてます。ちなみにクロヨンまではトロッコ用線路が付設できないために長野県の大町から山を貫く大トンネルを作って資材を運ぶしか方法がないためご存知のような大工事になったのです。宇名月~欅平まで一時間10分余り、途中トイレはありません。ひたすら峡谷の縁を縫うように走っているので、大峡谷の自然を満喫できます。ミニアドバイスとしては、電車は席みたいなものはなく三人用のベンチすわりです、そしてほとんどが川を右に見ながら登るので、登りは右端の席、下りは左橋の席がお勧めです。今でも関西電力の社員はダムに滞在されていますが、冬の間電車は運休します。よって冬の間は徒歩で出勤??されてます。大雪になるので、線路の沿ってずっと通勤用の歩行トンネルが付設されてました.片道7-8時間かけての通勤だとか!!終点欅平からは登山道がありクロヨンまでたどり着けるようですが、登山の装備が必要とのことです。

飲んだ銘柄 磯自慢 初亀 開運 中屋 正雪。私に日本酒のおいしさを知らしめてくれた磯自慢 を筆頭に香りまろやかで華やかなお酒が多いように思います。関西ではなかなか入手しにくくほとんどは神奈川在住の頃に神奈川や東京の酒屋で買ったものです。

紀行

今年の春に、京都南禅寺を訪問。豆腐が大好物の私は南禅寺と言えば湯豆腐なんです。学生時代、通学路の途中だったので湯豆腐大食い大会に出よう出ようと思っているうちに時は過ぎ卒業を迎えたためにそのまま立ち消えになった淡い思い出があります。さて、寺の境内に入るのは初めてなのですが、いやあ広い!!建造物も大きい。敷地の広さはこれが寺かという感じでした。この南禅寺も戦国時代に荒れ果てた時代があったようです。そこを今のように復興させたのは、徳川家康の徳川幕府とのこと。その由縁で境内ではないですが、隣に東照宮が設営されているのを皆さんご存知ですか。ただし、日光の東照宮をおもい浮かべますが、こちらのものは鄙びて色褪せた半分朽ち果てたようなものなので過度な期待はご無用です。でも東照宮に違いはないのて、一回だけは足を踏み入れられたらいかがでしょうか

紀行

恵那峡温泉に行く道すがら旧中山道の宿場である馬籠と妻籠宿に立ち寄りました。街並みは当時のものを再現していますが、ほとんどが土産物屋か食事のお店。建物以外はどこにでもある観光地の雰囲気で落胆、一応本陣(村の名士の自宅が役所を兼ねている)の見学をしました、屋内も当時を再現してあります。予想通り公邸なので畳は縞模様に敷かれ結界が切ってあります。ただある一角は縁がない(結界がきれない)畳が敷き詰めてありました、このような畳は初めて目にします。下女のためのエリアだと説明がありました。昔はその辺はきっちりしてますね、あと、最近の観光地は中国人であふれていますが、ここも御多分に漏れず・・です、がここでは白色人種も多数見かけました。さらに言えば、ここでは馬籠から妻籠まで約8KMの山道の旧街道が整備されていてハイキングすることもPRされています。当日私がみた限り白色人種はほとんどがハイキングしてますが、日本人や中国人は一人も見かけませんでした。健康志向の差なのか、旅行感の違いなのか、団体旅行なのか否かの違いなのでしょうか、日本人は自家用車だからなのか??次回は絶体ハイキングと思いながら恵那峡に向かいました。ホテルでも中国人の団体客がいっぱいでした。

ヘルスケア

皆さん、腰痛に悩まれたことありますよね。私の場合最初に腰痛に襲われたのは、35歳ぐらいのとき。以来、対処方法もいろいろ考えて実践してきました。今も継続中です。その経験を基に効果があったトレーニングを紹介します。まず、35歳で始めた温冷療法??朝晩風呂やシャワーをしますが、その直後に真水のシャワーを浴びます。365日毎日です、サウナの後に水風呂に入るあのパターンの簡易版ですね、その次に腰痛発症したのは40歳頃、そのときから追加したのがふろ上がりのストレッチ、膝伸ばして前屈左右30回づつ、今では鼻先がひざの内側まで入るようになりました(最初はほとんどまがらず、妻に後ろから無理やり押してもらってました)、その次の発症は45歳過ぎ、その時から追加したのが両足少し開いて下半身を固定して、上半身をおなかを中心に左右にぞうきんを絞るように捻じること。左右50回づつ。その次の発症は50歳頃、そこからはふろ上がりに膝をまげてふくらはぎが太ももの裏側にくっつく感じで、上向きに寝ころび背中を伸ばして、両手を頭の上まで伸ばし切ったまま一分間。これを毎日です。お陰で腰痛はその都度収まってきのした。余談ですがお腹のぞうきん絞りはお腹を引き締める効果も実感しています。ちなみに私のWは80cmです、何も特別なことはしていません。

紀行

長野県飯田市にある天竜峡を訪問する途中で下栗の里に寄り道しました。さすがにフォッサマグナの近くです、いたるところに深い渓谷があり、そこに街が点在するという感じ。下栗の里は最近になって取り上げられるようになった(宿の女将さんに聞いたところ地元でも3年ほど前までは単に山奥の小村としての認識だったとのこと)。が、これがすごい傾斜で車が対向できないような細い道を車で駆け上がります。いろは坂のS字クランクは有名ですが、ここのは比べ物にならないすごい傾斜と小さなS字の連続であっという間に麓の街並みが点のようになりました。Uターンするところがあるのかドキドキしながらです。里に着いてまわりを眺めると山の斜面(45°以上はあるような)に家と畑がへばりついている。段々畑を連想されるでしょうが、ここのは段々そのものがない、坂にそのまま野菜が植えてあります。要するに平坦なところがない畑です。家屋のところだけがかろうじて平坦になっている。この景観がしばらく続きます。どんどん道幅が狭くくなっていくので途中の家屋の前で何とかUターンして下山を決心(登りきると山越えはできるようですが)。でもそのあと今度はあの坂道S字を下ります。スピードが出ますが、ほぼ180°のカーブの連続で、生まれて初めて自分が運転しながら車酔いして、麓に着いてからもしばらくむかつきが収まりませんでした。子供たちは麓の小学校まで通っているようですが、帰り道は登れるのか??昔は貧しさの故、こんな土地に家を建て野菜を植えて生活をされていたのでしょうが、住めば都なのでしょうか!!

紀行

世界遺産ということで、以前からのあこがれ。島根県太田市から約一時間の山合にありました。御多分に漏れず駐車場渋滞。途中で車止めて徒歩で集落に入ります。近くに観光センターがありますが、そこは展示が中心で坑道はありません、間違えないように。集落から先は徒歩か自転車になります。レンタル自転車は40分待ちとのことで、いつものように徒歩45分の山道を選択、日頃鍛えた足腰の見せ場??です。山道は木陰が多く、日光直射はないですがそれでも汗が噴き出てきます。五月初頭でこれでは夏はお勧めしません。今振り返って考えると、自転車レンタルがベストでしょう(行きはしんどいですが帰りはらくちん、体力に自信の無い方は電動自転車もレンタル可能です、それも難しいなあと思う方は人力車のサービスも見かけました)洞窟にたどり着いて入場料500円支払って170mの坑道に入ります。偶然近くに団体のためのガイドさんがいらっしゃったので、団体の後ろで説明を聞きながら坑道内へ。ラッキー!! 人がすれ違えないほどの狭い坑道。説明によると石見銀山では俗にいうボタ山がないとのこと、掘った岩石はそのあと全部人力で埋め戻したとのことです。また、工夫たちは高報酬だったようですが、じん肺のため30歳になったときはよくぞ生きてこれたという祝いをしたぐらいに短命と聞きました。世界遺産に認定された理由がわかったような気がしました。他の観光化された鉱山(例えば次の日に訪問した兵庫県の生野銀山 失礼)では世界遺産認定は無理でしょうね。わざわざ足を延ばした甲斐がありました

ヘルスケア

50歳頃の定期健康診断で、中性脂肪の値が上がって、有所見判定になりました基準値上限の1.5倍ぐらいです。すぐにどうこうという値ではありませんが、次の健診の時には標準範囲のど真ん中に戻しました。その方法とは・・サラダオイル、てんぷら油を一切絶ち、アプラはエクストラバージンのオリーブオイルのみにしました。それだけです。還暦ですが未だに標準範囲のど真ん中のままです。最近は外食で天ぷら定食いただいてますが、全く問題なしです。お勧めします